いつともなくどこへともなく

2001年から続けている、生と死と言葉とのかかわりについて考えたことの備忘録です。

「貴社のみなさんは、ホント、サッカーがお好きですよね?」

■2002/01/11(金)晴れ■

サッカーがらみの仕事の打ち合わせに、Hくんとともに半蔵門のS社を訪れる。S社の人たちとは、たびたびフットサルをやっている間柄なので、訪問先としては最高だ。趣味の友人の伝で仕事をなんとか仕上げるというのは、それこそ“釣りバカ浜ちゃん”方式とでも呼ぶべき仕事術である。“浜ちゃん”は久しくわたしの人生の師となっている。苦笑の他はない。


先方に「貴社のみなさんは、ホント、サッカーがお好きですよね?」と振ったところ、「いや、最近、サッカー楽しくないんですよ。試合を見ても、看板ばっかり気になっちゃったりして。趣味を仕事になんかするもんじゃないですね」との答え。ま、そんなもんなんだろうな。先月、フットサルの仕事をしているMさん(日系ブラジル人)に会ったときも、「もう、飽きちゃったよ! 毎日フットサルばっかりなんだもん」と言ってた。「人」という要素がなければ、いくら遊びでも、そうそう続けられるものではないんだな、などと考えてみる。


それにしても、体のなまり方が尋常ではない。明日は、久々にかますか。


■今日のニュース見出し:

Xbox、3万4800円で発売 ……だいたい、新聞(っていうか朝日のサイト)のトップを飾るようなニュースなのだろうか。たかがゲーム機、されどゲーム機ってこと? テレビゲームに無縁な者には理解できない。ゲーム機の売れ行きに左右されてしまうような、現代のグローバル経済とかいうもの実体も、疑わしいものだ。「お窓を閉じましょ、開きましょ」ってな具合に子どもじみた画面操作を要求するコンピューターOSが、会社の中の真面目っぽい空間を席巻し、できそこないのキャラクターがピロピロと音を立てながら狭苦しい画面を踊りまわる携帯電話機に向かって大の大人が喚きたてるのと同様に、稚拙な平板さが幅を利かせる世の中というわけだ。マジメがいいというのではない。ただ、平板さはむやみに人を倦怠に誘うということだ。「お付き合い」もほどほどにしたいところ。